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東京都立大学オープンユニバーシティ

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【2041T002】 水辺から見た飯田橋地区の形成史

受講申込

実施日 2021/02/08 ~ 2021/02/15 曜日
時間 15:30~17:00 定員 25名
キャンパス その他 教室
受講料
5,000円 単位 1 単位

講座の説明

東京の飯田橋がかつて、飯田町であったことをご存知でしょうか。昭和41年(1966)に住居表示が実施されるまで、この東京都立大学の飯田橋キャンパスの一帯は、飯田町と呼ばれていました。では、なぜ町から橋に名称が変わったのでしょうか、また飯田町とはそもそもどのような地域だったのでしょうか。その答えを解く鍵は、飯田橋地区を取り囲む二つの河川、すなわち神田川と日本橋川にあります。本講座では、この飯田橋界隈の形成史を、神田川・日本橋川といった水辺の視点から取り上げていきます。
江戸時代から昭和時代に至るまで、この二つの河川は飯田橋地区の発展に大きく寄与してきました。舟運を中心とした交通の結節点としての立地を活かしながら、江戸城北西部の主要な商業地区として、大いに栄えてきたのです。明治時代には鉄道駅(飯田町停車場)が開設され、全国からの様々な物資が集散し、水陸ネットワークを活かしたターミナルが形成されたのでした。そこには近代の新たな産業や工場、芝居小屋や料亭などの遊興空間が大いに繁栄していきます。まさに飯田橋地区は、近代東京の発展を支えるひとつの要所であったのです。
こうした飯田橋界隈の地域形成の物語は、あるひとつの橋の架橋をきっかけとして語り始めることができます。江戸時代まで、現在の飯田橋界隈は、その大部分が武家屋敷で構成されていました。ここが、明治時代以降に商業地として発展していく最初の事業として行われたのが、住人による飯田橋の自費による架橋だったのです。その後、飯田橋の名称は、神田川に沿って建てられた駅の名称に使われ、やがて地名へと変化していくことになります。こうした動きは、飯田町界隈が徐々に神田川や日本橋川といった水辺とのつながりを深めていく過程として見ることができるかもしれません。
本講座をつうじて、近代の東京の発展において飯田橋界隈が果たした役割や重要性を、水辺の視点から光を当てることで見ていきたいと思います。

講座スケジュール

実施日 講座内容 担当講師
1 2021/02/08(月) 飯田橋の形成史~橋の架橋と河岸の発達、そしてターミナルへ
江戸時代から飯田橋地区がどのように形成されてきたのかを学びます。
高道 昌志
2 2021/02/15(月) 飯田橋界隈に残る近代遺産 高道 昌志

講師

高道 昌志(たかみち まさし)
東京都立大学都市環境学部都市政策科学科 助教

【プロフィール】
1984年、富山県生まれ。法政大学大学院デザイン工学研究科博士課程修了、博士(工学)。専門は都市史・建築史。東京の水辺と地域構造の関係について研究を行う。2012年より「外濠市民塾」、2016年より「外濠再生懇談会」の企画運営に携わり地域での実践活動を行う。著書に『外濠の近代―水都東京の再評価(法政大学出版会)』、(共著)『外濠―江戸東京の水回廊(鹿島出版会)』など。

高道 昌志

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